人生って終わってみなければわからない

昨日のニュースには驚きました!

松岡農林水産大臣とZARDの坂井さんの死亡です。
2つ重なって余計に衝撃的でした。

松岡氏は自殺、坂井さんは事故死(とされている)のでその死に方は
全く違うのですが、お二人とも有名人ですからもちろん共通点があります。
どちらも「お金があり」、周りの人達に対してある程度の力がある、
つまり「権力側に立ったことがあり」、人生のある時点では「勝利者の側に立っていた」
と言うことです。
お二人の死までの軌跡を思い、一気に奈落の底に落ちて行く感じを受けました。

本当に人生ってわからない・・・って強く思いました。

筋金入りの悲観主義だから、もちろん私は人生においても常に最悪を考えています。
それでも今私が死を選ばないのは、過去の体験と『人生何が起こるかわからない』
と言う絶対的な思いがあるからです。
毎日、慎重に生きてます

過去の体験・・・それは私が自殺しようとしたことがあるってことです。
あえて『自殺未遂』とは言いません。・・・と言うか、「言えません」と言った方が
正しいですね。
だって私が自殺しようとしたのは幼稚園生の頃でしたから。

私が初めて死にたいと思ったのは幼稚園の頃でした。
毎日毎日死ぬことを考えていました。

幼稚園生の頃なんて、そんな歳で生や死について明確な意識があるだろうかと
思われるかもしれません。
ただ無邪気に遊んで、傷ついて、ただ感じる時期じゃないかって。
でも、私はその頃真剣に考えていました。
『世の中がこんなに恐ろしいものなら、この世界から逃げて消えてしまいたい』って。

でも、そこは幼稚園生の考えること・・・どうやって死のうかと考えた時、まだ1人で
外出できない歳だったのでまず家の中で死ぬしかないと考えました。
家で死ねそうな方法・・・と考えて真っ先に思いついたのは包丁でした。
刺したら死ねそうだと単純に考えました。
でも包丁は子供が簡単に持出せない所にあり、おまけに痛そうで、そのせいで
失敗しそうだと思いました。
次に思いついたのは『高い所から飛び降りれば死ねるだろう』ってことでした。
ところが飛び降りることができる窓を開ければ、そこは家の密集地・・・隣の家の屋根
が目の前でどうにも死ねそうな高さはありませんでした。
地面まで落ちれることができそうな場所を探しましたが、運良く(?)屋根を避けられて
もすぐそばのブロック塀に阻まれてとても地面には辿り着けそうもありませんでした。

今考えると所詮2階の高さなので、多分怪我の範疇だったとは思うのですが、
幼稚園生にしてみれば2階はかなりの高さでした。
そこで最後に思いついたのは『階段から飛び降りる』ことでした。
これなら死ねる・・・そう思いました。

怖かったです。階段の一番上で下を見つめながら足が震えました。
幼かった私は、バカですね~、枕を持ってくるとそれをぎゅっと握り締めました。
そして目をつぶって、えいっと一気に飛び降りたのです。

その時の恐怖感・・・今でも残っています。
あの恐怖感は何と言うか、普通に感じる恐怖感とは全く異質のものでした。
頭と足の位置が逆転して宙に浮かんでいた時、私は目を見開いてしまいました。
それは私の脳から発せられた『声』のようなものが全身に叫んだからです。

これはおかしい』
これは違う』

って。

あれは『生』における本能の声でした。
あり得ないものが存在したような、そんな奥底から湧いて出る恐怖でした。

次の瞬間、私は階段の一番下で全身を強く打って震えていました。
声もでませんでした。
身体中が痛かったけど、痛みよりあり得ないものを感じてしまった恐怖感に支配
されていました。

それから思春期に入り、死にたいと思うことは増えるばかりだったけれどもう一度
自殺を試みることはしませんでした。
いつも頭で想像するだけにして、実際には思いとどまりました。
怖すぎてできなかったんです。
もう一度あの感覚を味わうなんて絶対にできませんでした。


私はマイナス人間なので、当然生まれる前に戻ることができたら絶対に
生まれないことを選ぶと思います。
初めから生まれなければ悲しい思いも辛い思いも知ることがないから。
ただ『無』としてそのままでいたい・・・。
でも、生まれてしまった今は死ぬまで生きるしかないって思っています。

人生、何が起こるかわかりません。
幸せだった人が最後は不幸に死んでしまうこともあるし、全く逆に不幸の連続
だった人生にとてつもない幸せが訪れることだってあります。
(ビル・ゲイツさんなんてモテない暗い男→世界一の大金持ちですからねー
楽観的だからそう思うのではなく、占いや予言なんて全くのペテンとしか考えて
いない私にとって、人生なんて人知の及ぶところではないと思っているからです。
所詮我々は人間ごときです。奢ってはなりません。

人間死ぬまでは生きられます。
逃げたい時は逃げたっていいんです。道はあります。
コアラだって、他の生き物と争って強くなることで生き残る道を選ばず、他の生き物に
とって毒だったものを食べるようにして木の上まで逃げた挙句、
今では人間に「可愛い~」って言われてしっかり生き残ってるんです。
逃げることはちっとも負けじゃありません。

人生、何が起こるかわからない。
だから自ら終わりにしても、人の人生を奪ってもいけません。
毎日慎重に生きましょう

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